玄奘三蔵(三蔵法師)の生い立ちと仏教に捧げた生涯を解説

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西遊記の三蔵法師として有名な玄奘三蔵は実在した人物です。
玄奘の生い立ち、仏教に目覚めることとなったきっかけ、西遊記の基となったインドへの旅など、玄奘三蔵の仏教に捧げた生涯をお伝えします。
また、三蔵法師玄奘のゆかりの観光地についてもお届け。
中国の西安には三蔵法師玄奘ゆかりの地がありますのでぜひチェックして下さいね。

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三蔵法師玄奘の概要

三蔵法師として有名な玄奘は、中国唐時代初期の訳経僧です。

訳経僧とは経典の翻訳に従事する僧のことを言います。

また法相宗の開祖でもあります。

三蔵法師というのは人名や固有名詞ではありません。

まず、三蔵法師の三蔵とは下記の経蔵、律蔵、論蔵の3つをいい、これを三蔵と言います。

  • 経蔵:お釈迦様の教えが書かれた御経
  • 律蔵:お釈迦様の説いた戒律
  • 論蔵:お釈迦様の教えを解釈したもの

そして、三蔵法師の法師とは僧侶のことを言います。

つまり、三蔵法師というのは「三蔵」に精通している僧侶の敬称のことであり、本来は玄奘だけを指すものではありません。

実際はインドや西域から経典を持ち帰って翻訳した人々に対して三蔵法師と呼ぶことが多いです。

そのため、玄奘以外にも三蔵法師であった人々がいて、4大訳経家と呼ばれる玄奘以外の訳経家である鳩摩羅什、真諦、不空金剛も数多くの経典の翻訳を行っていて、三蔵法師と呼ばれています。

実は日本人でも三蔵を賜った人物がいます。

霊仙という平安時代初期の僧で、最澄や空海と同じ遣唐使の一行として唐へ渡り、唐の首都長安で経典の翻訳に従事しました。

その功績を評価され、憲宗皇帝より三蔵の称号を賜っています。

霊仙は歴史上、日本人で唯一三蔵を賜った人物です。

このように三蔵法師は歴史上複数いるのですが、一番有名な人物はやはり玄奘。

何故玄奘が三蔵法師として有名になったのかというと、みなさんご存知の西遊記にあります。

西遊記は天竺の経典を求めて三蔵法師が孫悟空、沙悟浄、猪八戒とお供を連れて旅をする物語ですが、この基となったのが大唐西域記という書物です。

大唐西域記は玄奘がインドへの旅を記した見聞録・地誌。

大唐西域記を基に西遊記が作られたのですから、西遊記に登場する三蔵法師というのは玄奘だというわけです。

そのため、三蔵法師と言えば玄奘として有名になったのです。

西遊記のきっかけともなった玄奘三蔵のインドへの旅は629年に始まりました。

中国で仏典を学んでいた玄奘ですが、本場インドの原典を学びたいという思いから629年に中国を出発、陸路でインドに向かい、17年後の645年に経典や仏像などを持って中国へ戻ってきました。

中国に帰国して以後は持ち帰った経典の翻訳作業に余生を捧げ、亡くなる直前まで翻訳していたということです。

三蔵法師玄奘の生い立ちと仏教を学ぶことになったきっかけ

ここからはもっと詳しい玄奘の生涯についてお伝えしましょう。

玄奘は602年頃、現在の中国河南省偃師市に4男として生まれました。

俗名は陳褘(ちんい)と言います。

玄奘というのは戒名(かいみょう:仏教の戒を守ることを誓った者に与えられる名前。)です。

陳氏は士大夫(したいふ:中国の北宋以降に科挙官僚・地主・文人の三者を兼ね備えた者のこと。所謂超エリート)の家柄です。

玄奘が仏教の世界に足を踏み入れたのは、次兄の出家がきっかけでした。

5歳で母、10歳で父を亡くし、次兄が出家して洛陽の浄土寺に住むようになったことをきっかけに、玄奘も兄について浄土寺で学んだのです。

そして11歳にして大乗仏教の経典である維摩経と法華経を唱えるようになったと言います。

幼い頃に既に僧としての頭角を現していたわけです。

13歳の時に僧侶の募集があったため、試験を受けようとしたのですが、年齢が若すぎるため受験資格がありませんでした。

それでも玄奘は試験会場まで行きます。

そして門の前にいたところを試験管に声をかけられいろいろな質問をされます。

試験管の最後の質問「何故僧になりたいのか」という問いに玄奘は「遠くは如来を紹し、近くは遺法を光らせたいから」と答えました。

この言葉に試験官が玄奘の風格を評価したことで特例が認められ、僧となることができて玄奘と名乗るようになりました。

618年、隋と唐の王朝交代期の戦乱による情勢の不安定により、玄奘は兄のすすめで兄と共に長安の荘厳寺を訪れたのですが、長安も戦乱の影響を受け、仏教を学べる環境が整っていませんでした。

そのため、玄奘は兄と共に益州各地の名僧や先人を訪れて、歴史や思想を学んでまわりました。

玄奘が21歳の時、これまで共にしてきた兄が成都の空慧寺に留まることになったので、先人や学びを求めてその後は一人で旅立ち、仏教の論書などを学んだのです。

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三蔵法師玄奘の西域への旅

中国で仏教について学んでいた玄奘ですが、仏典の研究には原典にあるべきとの考えから、仏跡の巡礼を決意、これがインドへ旅するきっかけとなります。

要するに仏教の本場で学びたいということですね。

そして629年、玄奘は唐に出国の許可を求めたのですが、国内情勢の不安定を理由に却下されてしまいます。

というのも、当時はまだ唐が隋に代わって新しい王朝となったばかり。

国内がごたごたしていて外国への留学どころではないという判断をされたのです。

しかし玄奘は密かに出国することを決め、西域の商人らに混じってインドへと渡りました。

世界最古の大学の一つであるインドの那爛陀(ならんだ)大学への留学やインド各地の学者を訪ねて学んだり、各地の仏跡を見て回って知識、見聞を広めました。

そして出国から17年後の645年に仏舎利150粒、仏像8体、経典657部を長安に持ち帰って帰国します。

蜜出国という国禁を犯した玄奘でしたが、運よく帰国時に唐の情勢が変わっていたことと、当時の皇帝であった太宗も玄奘の業績を高く評価していたために、蜜出国の件は罪に問われることはありませんでした。

持ってる男ですね^^

インドから持ち帰った経典はもちろん漢語ではなく、現地の言葉サンスクリット語で書かれたもの。

玄奘は漢語での翻訳を太宗皇帝に願い出て許可されるのですが、条件として太宗皇帝から西域での詳細な報告書の提出を求められます。

西域での詳細な報告書として玄奘がまとめたものが大唐西域記、西遊記の基となった見聞録・地誌というわけです。

三蔵法師玄奘の帰国後の余生

玄奘三蔵は中国に帰国して以降は残りの人生を全てインドから持ち帰った膨大な経典の翻訳に捧げました。

645年から長安にあった弘福寺で翻訳作業を開始、その後高宗皇帝に持ち帰った経典と仏像を保存する建物の建設を申し立て、652年に大慈恩寺に大雁塔が建てられました。

翻訳作業も大雁塔で行い、その後は玉華宮で亡くなる直前まで翻訳作業を行ったといいます。

664年、経典の中で最も重要とされる『大般若経』の翻訳作業を終えた100日後に亡くなりました。

三蔵法師玄奘ゆかりの観光地

インドから持ち帰った経典や仏像などを保存するために玄奘三蔵が皇帝に申し立てをして建ててもらった大雁塔は、中国の古都長安、現在の西安のシンボルになっています。

大雁塔の設計を玄奘三蔵が行うなど、玄奘三蔵が持ち帰った経典や仏像に対する思い入れはとても深く大きかったことがわかります。

大雁塔は大慈恩寺の境内にあります。

三蔵法師玄奘縁の地として有名な大雁塔を景観画像で紹介した記事が別にありますので、そちらの記事もチェックしてみて下さい。

上記画像をクリックすると記事を読むことができますよ。

大慈恩寺の境内には大雁塔以外にも、三蔵法師玄奘に関する資料が展示された資料館、玄奘三蔵院もあります。

そこには漢語に翻訳された経典や大唐西域記など、多くの書物が展示されています。

また、インド象の像がやたら可愛かったり、資料館の建物が赤や白で可愛らしかったりと、何故か女性をイメージさせるような造りになっているのですが、玄奘はれっきとした男性です。

西遊記に登場する三蔵法師は女性として描かれることが多いのですが、これは舞台化・映像化した時に主要人物が男性ばかりになってしまうからという理由から来ているようです。

西遊記の三蔵法師は、孫悟空・沙悟浄・猪八戒とお供(ボディーガード)を3人も連れていますので、一番女性として描きやすいのかもしれませんね。

とはいえ実際の三蔵法師玄奘はインドへの過酷な陸路を一人で旅したので、めちゃくちゃ屈強な男性だったと思われます。

まとめ

三蔵法師玄奘についてお伝えしてきましたがいかがでしたでしょうか。

エリートの家柄出身、好きなことはとことん突き詰めて勉強する姿勢、やると決めたら即行動、国禁を犯してまで実行する行動力、国禁を犯しても罪に問われないという運の強さ、やりたいことに生涯をささげるという玄奘の一生は、「自分もこうありたい!」と羨ましくもあります。

一生を捧げるほど没頭することに既に11歳の時に出会えた幸運な少年ですが、たゆまぬ努力がなければやりたいことをやって一生過ごすなんて夢はかないません。

玄奘三蔵の生き方そのものが人生においてとても教訓となり、参考となりますね^^

ぜひあなたも好きな事、やりたいことがあるなら、途中でぶつかる壁に挫折しないで努力を惜しまず、諦めないでもらいたいなと思います。

うん、私も頑張ろう♪

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