
西安最大の観光スポットである兵馬俑。
世界遺産にも登録された中国の歴史的大発見の建造物です。
兵馬俑と深く関係するのが中国初の天下統一を成し遂げた秦の始皇帝の存在。
秦の始皇帝の複雑な生い立ち、兵馬俑建設の大事業など、歴史と照らし合わせながら古代中国戦国時代の魅力をたっぷりとご紹介します。
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歴史的発見の兵馬俑
兵馬俑(へいばよう)とは、広義は古代中国で死者を埋葬する際の副葬品の中で、兵士や馬をかたどった人形(俑)のことを言います。
単に『兵馬俑』という場合、陝西省西安市臨潼区の秦始皇帝陵兵馬俑坑のことを指します。
以下、このブログでも『兵馬俑』は秦始皇帝陵兵馬俑坑のことを指すこととします。
兵馬俑は、西安最大の観光スポットです。
私が中国西安一人旅をする前、中国在住歴11年の方に伺った絶対訪れるべき観光スポットが兵馬俑でした。
兵馬俑が発見されたのは、1974年3月29日のこと。
中国北西部のこの年は干ばつがひどく、農民たちは農地に水を引くために井戸を掘っていました。
鍬で土を掘っていた時に何か固い物に当たります。
最初は壺だと思っていたけれど、掘り返してみると出てきたのは実物大の兵士像。
最初はこの発見に価値が理解できなかった農民たちでしたが、始皇帝陵墓と村の距離が2kmほどしか離れていないことに気が付きます。
「もしかしたら歴史的発見かもしれない。」
そしてリヤカーを引いて、掘り出した俑を博物館へと持ち込むことにしました。
そこで農民たちの思った通り、始皇帝陵と関係のある歴史的大発見だったことがわかったのです。
俑が秦時代のものであることが判明したのです。
その後、政府による発掘調査が行われ、兵馬俑抗の全容が明らかとなりました。
1975年に秦始皇帝陵兵馬俑坑発見のニュースが報じられると、世界にも知れ渡ることとなり、1987年世界遺産に登録されました。
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秦の始皇帝と兵馬俑
秦の始皇帝とは、中国初の統一王朝、秦を建国した人物です。
歴史に疎い私ですが、秦の始皇帝のことは学生時代の歴史の授業で学んだことを覚えています。
始皇帝の名は『嬴政(えいせい)』といいます。
13歳で即位し、紀元前221年に中国史上初の全国統一(中華統一)を成し遂げました。
また、「皇帝」を名乗った初めての人物でもあります。
始皇帝の複雑な生い立ち
嬴政(えいせい)の祖父は秦の29代君主であり第4代の秦王である『孝文王』です。
祖母の『夏姫』は祖父からの寵愛を失ったため、その子供である『異人』(嬴政の父親)は人質として趙国に出され、冷遇されていました。
その『異人』に目を付けたのが韓の大商人『呂不韋(りょふい)』という人物。
呂不韋は異人に芸者である趙姫を紹介、趙姫は趙国で子を産みます。
この子が嬴政(えいせい)です。
嬴政(えいせい)は秦ではなく趙生まれなんですね。
趙国から先に父親の異人が脱出、趙国は残された嬴政と母親趙姫を殺そうとしますが、嬴政が10歳の時に母親と共に秦の咸陽に戻ることができました。
王の血筋に生まれながら、死と隣り合わせだった不遇の少年時代。
ただし、趙姫は呂不韋の妾であったことから、嬴政は異人の実子ではなく、呂不韋の実子ではないかという議論もあります。
当時は当然ながらDNA鑑定など存在しません。
嬴政の父親は誰だったのか、今では知る術がありません。
始皇帝の大事業
まず挙げられるのが、今回の記事のメインである秦始皇帝陵兵馬俑坑の建設。
始皇帝が陵墓建設に着手したのは紀元前247年です。
この建設で水銀が流れる川が100本つくられたという伝説があったのですが、調査を行った結果、自然界よりも濃度が約100倍も高い水銀が発見されたことで事実だったことが判明しました。
兵馬俑は始皇帝の陵墓を守る副葬品として造られた兵士や馬をかたどった陶製の像が約8000体出土しています。
秦始皇帝陵兵馬俑坑以外の大事業として有名なのは、万里の長城。
万里の長城の建設も始皇帝だったんですね。
始皇帝は中国統一を成し遂げはしましたが、敵を全て殲滅できたわけではありませんでした。
その敵とは北方の遊牧民です。
万里の長城は、北方の遊牧民の進行を迎撃するために建設されました。
また、万里の長城は、新・世界七不思議にも選ばれています。
新・世界七不思議というのは、世界中からの投票によって決められた現代版『世界七不思議』のことです。
ちなみに、万里の長城以外に新・世界七不思議に選ばれた物件は
- ペトラ:ヨルダン
- コロッセオ:イタリアのローマ
- チチェン・イッツァのピラミッド:メキシコ
- マチュ・ピチュ:ペルー
- タージ・マハル:インド
- コルコバードのキリスト像:ブラジル
です。
兵馬俑杭の特徴
なんといっても、クオリティの高さでしょう。
等身大の兵士と馬の俑(人形)、1体1体表情の違う兵士の像、現在は色落ちしていますがかつては彩色も施されていました。
兵士像は歩兵隊、戦車隊、歩兵と千社の混成部隊、騎馬隊といった始皇帝の軍隊が模されています。
みな同じ方向、東を向いています。
これは戦国時代、秦の東にあった東方六国(斉・楚・燕・韓・魏・趙)を向いて威圧していると言われています。
いかに莫大な労力が投入されたかがわかりますね。
西安最大の観光スポット、秦始皇帝陵兵馬俑坑を訪れたかのような旅を楽しめる下記記事もありますのでご覧ください。
さて、兵馬俑は世界の八番目の不思議としても絶賛されています。
世界の八番目の不思議とは、世界の七不思議に次ぐ注目すべき構造物を指すために使われる言葉で、世界の八番目の不思議と言われる建造物は兵馬俑以外にもたくさんあったりします。
例えば…
- アヤ・ソフィア:トルコのイスタンブール
- アンコール・ワット:カンボジア
- 自由の女神像:アメリカのニューヨーク
- モアイ:チリのイースター島
- ストーンヘンジ:イギリス
など、まだまだ他にもたくさんあります。
兵馬俑ですが、秦が滅びた次の王朝である漢以降も作られています。
しかし、小型化・単純化され、秦始皇帝陵兵馬俑坑のクオリティには到底及びません。
おすすめ漫画・アニメ
兵馬俑に興味がある、古代中国の戦国時代に興味があるという方にぜひおすすめなのが『キングダム』。
大将軍を夢見る下僕の少年『信』と中華統一を夢見る『嬴政(えいせい)』(後の秦の始皇帝)少年の物語で、まさに秦の始皇帝時代、兵馬俑の世界観にドンピシャな漫画・アニメです。
西安には兵馬俑以外にもキングダムの世界観を感じられる観光スポットがあります。
別途記事にまとめていますので、ぜひご覧くださいね^^
私は西安一人旅から帰ってきた後にアニメの第1シーズンと第2シーズンをAmazon Prime Videoで視聴したのですが、ドハマリしました^^
2020年春にアニメ第3シリーズが始まるということで、今から楽しみです♪
まとめ
それでは今回の記事のまとめです。
兵馬俑とは、古代中国の兵士や馬の俑(使者と一緒に埋葬した人形)のことを言います。
多くの場合、単に『兵馬俑』というと秦始皇帝陵兵馬俑坑を指します。
兵馬俑は西安最大の観光スポット。
秦始皇帝陵兵馬俑坑の俑は究極のクオリティであり、規模も最大級。
中国歴史好き、戦国時代好きはぜひ訪れたい観光スポット、私のように歴史に疎い人でも圧倒され感動すること間違いなしの中国が誇る素晴らしい観光スポットです。
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